管理人の紹介

どうもこんにちは!きょーちゅん(@dive_to_world_)です。

当サイト『Dive To World』を運営している奴、一体何者なんでしょうか。

恥ずかしいけど、自己紹介だあああああああ!

プロフィール

名前:きょーちゅん

年齢:25歳

性別:おとこ

出身:岐阜県

職業:web広告業&家庭教師

性格:自由奔放

趣味:バンド、ビール、ブログ

普段はブログ書いたり、ビール飲みながらギター弾いたり、たまに中高生に勉強を教えてあげたり、って感じで毎日自由気ままに暮らしてます。

もっと詳しく知りたいって人のために、もう少し詳しく書いていこうかな。

ちょっと長いですが、お時間があればお付き合いください。

きょーちゅんの生い立ち

将来の夢はミュージシャン!(だった)

いきなり何の話やねんって感じですが、まぁ聞いてください。

 

俺は昔(大学生2年生ぐらいまで)、本気でプロのミュージシャンになりたいって思っていました。

キッカケは中1の頃(たしか1月ぐらい)。

たまたま遊びに行った友達の家に、赤くて光沢が美しい、超カッコイイものが立てかけてあった。

そう、エレキギターである。

 

「うわ何コレ!!テレビで見たことあるやつだ!」

当時の俺は見慣れない楽器に興味深々。

ギターがどういう原理で音を出しているのかを知ったのもその日です。

 

「なんか弾いてみてよ!」

友人にそうお願いすると、彼はそのギターを手に取って、見事な演奏を聞かせてくれました。

その時の衝撃は今でも鮮明に覚えています。

「うわカッケーーーーーーーー!!!」

「俺も弾けるようになりてーーーーー!!!」

 

その日、自宅に帰ってすぐに母親のもとに走り寄り、

「俺ギター欲しい!買って!!」

ゲームソフトとかはいつも「ダメ!」って言われていたのに、

何故かギターは快く買い与えてくれました。

どうも俺の父親が昔、少しだけギターをかじっていたらしく、

音楽に理解があったようでした。

 

父が俺に買い与えてくれたギターは、

中古で3万円ぐらいのモノ。

とても立派な代物とは言えないけど、俺にとっては最高の1本。

その日から俺は、毎日ギターの練習に明け暮れていました。

 

中学2.3年生の夏休みの自由研究は、もちろん自作の楽曲でした。

俺にギターを教えてくれた友人と、俺がギターを始めたことがキッカケでバンドに興味を持ってくれた友達でグループを作り、

夏休みは毎日集まって作曲とか練習とかしていました。

中学の卒業式の前日は、そのメンバーで音楽室を貸切り、同級生を集めて小規模ながらライブもやりました。

バンドメンバー全員で校長室にいき、「音楽室でライブさせて下さい!」ってお願いしに行ったのも本当にいい思い出です。

 

勉強こそマジメにやっていたタイプでは無かったのですが、さすがに高校進学を真剣に考えなければいけない中3の夏休み明け。

地元で軽音楽部がある高校は1校だけでした。

しかも、そこは地元で1番の進学校。

軽音楽部に入りたいが為に、必至で勉強しました。

1日10時間以上やってました。人生で一番勉強したのはこの頃ですね笑

 

でも、「好き」のパワーって本当にすごくて、

軽音楽部に入れるなら10時間の勉強も全く苦にならなかった。

そしてなんとか無事、志望校に合格。

 

高校3年間は毎日バンドに明け暮れていました。

進学校なので、テストや宿題は毎日山のように出てくるし、授業のレベルも非常に高度だったので、1年生の夏ごろから勉強には全くついていけてませんでしたね。

でもそんなのはどうでもいい。

なぜなら、

当時の俺はプロのミュージシャンを目指していたのだから!

苦悩の1年半

高校3年生の秋、最後の文化祭が終り、部活も引退。

魂が抜けたような顔で嫌々学校には行っていましたが、何もしない。

 

周りはみんな大学受験に備えて、休み時間も英単語帳を眺めていたり、模擬テストみたいなやつをひたすら解いてる人もいました。

3の頃は一応塾にも通わせてもらっていたけど、やる気は全く起きず、

 そのまま高校卒業してしまいました笑

 

大学受験もカタチだけ。もちろんどこにも受からず。

高卒ニートの爆誕である。

 

高校を卒業してすぐ、ようやく自分の人生について考えはじめます。

「そうだ、俺の夢はミュージシャンだ。」

ミュージシャンと言えば?

ライブ

ライブと言えば?

東京

東京!?

そうだ、東京にいこう。

 

アホみたいな顔でそんなことを思った俺は、父にその旨を話します。

めっちゃ叱られました

父はこう言いました。

「何の肩書も持たずに単身で東京に行ったって、のたれ死ぬだけだぞ」

たしかに!!!

それはヤバい!絶対に避けなければいかん!

ギタリスト育成の専門学校の資料とかを大量に取り寄せて読み漁りました。

それでも父はまだ不満なようで。

「もしお前がギターを辞めたら、お前は何も出来ない人間になるぞ」

うむ。確かに。

でもまぁ、俺がギターとかバンドが嫌になるなんて微塵も想定できなかったし、どんなに辛くたって頑張る自信はあった。

そんな俺を呆れたように見ながら父は、

「将来、お前が何者にでもなれるような肩書を持て」

うーん。イマイチピンとこない。

「その肩書って何なの?」

俺は父に答えを尋ねました。

「・・・大学生だろそりゃ」

wwwwwwwwww

それ高校卒業する前に教えろよ!!!

 

そんなわけで、俺は高校を卒業した後に本格的な受験勉強を始めて、東京の大学に進学することを目標にします。

両親に頭を下げて予備校に通わせてもらいました。

入学金約100万を現金で父親から渡され、

「自分で払ってこい」

と言われました。

100万円という大金の重み。

名古屋へ向かう電車の中、

カバンに入っている100万を死ぬほど大事に抱えている俺の姿は、傍から見たらさぞ滑稽に見えたでしょう。

その日から俺の浪人生活はスタートします。

 

この1年間は楽器には全く触れませんでした。

東京に行くために、今自分がすべきことを考えると、手に取るのはギターではなく、ノートとペンだったから。

1年間の死闘を経て、なんとか大学に合格し、

2012年、春。

晴れて俺は東京デビューを果たすのであった。

夢のような4年間、人生を変えた4年間

大学に受かった喜びよりも、東京に住める喜びの方がはるかに大きかった当時の俺。

実際、東京に行ければ大学なんてどこでもいいと思っていました。

 

浪人中の1年間はマジメに勉強をしていたので、一応志望校の設定とかもしていたわけですが、

第一志望の大学には落ちました。

でもなんとか、自分で設定していた最低ラインの滑り止めには合格したので、そこに通うことになります。

 

東京都内の私立大学。

おお!まさに自分が夢見ていた光景!!

これで存分にバンドができるぜぇぇぇえええ!!!

 

所属するサークルは入学する前から決めていました。

いうまでもなく、軽音楽サークル。

目的は、自分と本気でバンドをやってくれる人のスカウト。

そのサークルはそこそこ大きかったし、活動内容もけっこうマジメだったから、すぐに見つかるだろう。

見つかったらすぐにサークル辞めて、好きなようにバンドやろう。

最初はそんな風に思っていたし、実際に同輩とか先輩とかにも話してました。

さぞ扱い辛かったろう。

みんなで楽しくバンド活動しよう!っていうコンセプトのサークルの中に、俺みたいな人間がいたら誰も近づきたがらない。

 

でも、サークルの人たちはみんな優しかった。

なんか知らないけど、ある程度の理解も得られていたし、こんな俺を受け入れてくれました。

 

最初の1年間ぐらいは、サークルで出会った人に声をかけたりして、学外でバンド活動をしていたのですが、

あれ?何か違う・・・!

その何かが一体何なのか、

本当に分かりませんでした。

バンドが大好きなはずなのに、バンドをやっていて「何か違う」なんて思ったことが一度もなかった俺は、徹底的に考えました。

 

確かに俺はバンドが大好きだ。

でも、なんで好きなんだ?

なんでバンドで食っていきたいって思っているんだ?

 

小さな脳みそをフル回転させます。

結局、その理由は分かりませんでした。

でも、一つだけ分かったことがありました。

 

俺はバンドが好きだったのではなく、

「自分を発信すること」が好きだったのだ。

 

思い返してみれば、心当たりはいくらでもありました。

もちろん練習やライブは楽しかったけど、

その後の打ち上げで、酒を飲みながら色んな人に自分の考えとか、価値観とか、夢とか、そういうことを話すことにこの上ない喜びを感じていたんです。

 

なんとも自己顕示欲の強い人間だ。

今までたくさんの人に出会ったが、たくさんの人が離れていったのも頷ける。

 

この事実に気づいたのが大学2年生の秋。

その後、俺は人生最大級の賢者モードで自分の人生について考えました。

バンドって、確かに自分の想いとか、考え方とか価値観とか、

そういうのを音楽に乗せて発信できる素晴らしいモノだと思うんです。

でも、俺には無理だ。

無理っていうか、なんか重荷過ぎてイヤだ。

音楽っていうのは、芸術的価値があることが前提で成り立つモノなので、自分を発信したいだけならバンドでやる必要はない。

しかも、自分が伝えたいことに芸術価値を付加するのは至難の業だ。

素直に表現できないかもしれない。できたとしても受け入れてくれないかもしれない。

 

この瞬間、俺の中の

プロのミュージシャンになる!

という夢は跡形もなく消えました。

 

大学の4年間で、俺の未来は決定的に変わったのです。

もちろん後悔なんてしてないし、むしろ良かったって思っています。

大事な友人も沢山できたし。これからも大事にしていきたい。

きょーちゅんの生き方

大学3年生の冬(春?あんまり覚えてない)。

みんな一斉に真っ黒のスーツを着て街にくり出す。

そう、就職活動である。

 

ほーん。なんか友達もみんなやってるし、自分もやるか。

クッソ適当な心構えで始まった俺の就職活動は、ここで話せるような立派なモノではありません。

 

4社ぐらい受けて、受かった会社に就職することにしました。

場所は地元の岐阜県。

この辺ではそこそこ大きな製造会社だけど、いわゆる地元の町工場です。

 

正直、就活なんてどうでもよかった。

さっき「自分の人生を真剣に考えた」とか「この4年間で自分の人生が変わった」とか大口を叩いていましたが、

人間、芯はなかなか変わらないものです笑

 

でも実際、どうでもよかったっていうのは半分嘘で半分本当です。

というのも、就活をしている時点で、自分の人生のビジョンをザックリ設計していたからです。

 

大前提として、俺は

会社で働きたくない

とガチで思っている人間です。

ミュージシャン目指していたぐらいですからね笑

 

ミュージシャンになるという夢は捨てましたが、

できれば「自分を発信すること」で飯が食えたらなという思いは強く残っていました。

うん。会社員とかやってる場合じゃない。

 

結局、新卒で入った会社はわずか9ヶ月で退職しました。

後悔は全くしていません。

あの時、退職を決意していなかったら今の俺は存在していないと思うから。

 

退職後はインターネットで発信力を磨き続けて、今は『自分を発信すること』でなんとか飯を食えてます。

いわゆる社会のレールってやつからは外れちゃったけど、どうやらレールに乗ってなくても前進はできるっぽいんだよね。

キミもレールから外れちゃいなよ!なんて無責任なことは言えないけど、もしレールから外れちゃっても、それはそれで意外になんとかなるし面白いよ!ってこともこのサイトで伝えていけたらいいなぁ。

 

こんな感じで、自己紹介終わり!

かなり曲がりくねった道を歩んできたんだなぁと我ながら思ってるけど、こんな俺だからこそ伝えられることって結構あると思うんだよね。知らんけど

とにかく、俺は自由気ままに人の役に立ちそうなことを『Dive To World』に書き続けていきたいと思ってます。

では、ごゆっくり!

きょーちゅん